2017/08/31 Don’t forget day

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タイトルのままですが、この日を忘れたくないので記録しておく。

これまでの人生の中で、この日よりも重大なことはいくつもありましたが(出来事だけ覚えていて、いつの日なのかは忘却の彼方だけど)、この日はプログラマーになってから忘れられない日になりました。

個人的にはクソ屈辱的な日だし、公開するのもどうかと思うし、しかも恥ずかしかったのですが、「喉元過ぎれば熱さ忘れる」ということわざもあるので残しておきたい。

久々に泣いた

映画を見たり、本を読んだり、アニメ見たり、ゲーム鑑賞したりで泣いたことは、これまで幾度もあったが、仕事で泣いたことは社会人になってから久々だった。

外部からの刺激の感情ではなく、内側からによる衝動。

社会人になりたての頃は、けっこう凹むことあったりで恥ずかしながら涙を流すことはあったけれども、20代後半になるとそんなことは一度もなかった。

代わりに、怒りを覚えることが何度もあったけれども、泣くなんてことは全然なかった。

だが、この日だけは屈辱的に泣いた。それはあまりにも仕事がーープログラミングが出来なさすぎたからだった。

プログラマーになってからそろそろ半年経つが、一向に成長してるのか分からない……

そろそろプログラマーに転職してから半年が経とうとしている。

が、伸びているのかサッパリわからない。

出来上がってるプロジェクトの一部を書き換えたり、ストアの申請とかリリースだったり、そういう経験はできた(ただどれも1からではなく、既存のものからなので、完全に0スタートではないのがキズ)。

Objective-C、Java、が業務上中心で、Xcode、Eclipse(なぜか)でのアプリ開発が中心の仕事なのだが、如何せん悪い癖が身についてしまっていた。

それはコピペ。

出来上がってるプロジェクトとか、ネットとからコピーして貼り付けて、「よし動いた完成!」みたいなことをこれまでかなりしてきてしまった。

おかげさまで、検索力だけは伸びたが、肝心のコーディングは伸びていなかった。

もちろん仕事なので、どんな手段を取ろうとも期限までに完成させることが求められるので、これはこれでありかなと思っている(もちろん良くないことではあるが)。

だが似たようなことは対処できても、まったく新規のことに出くわした時どうなるか?

答えは、「何もできない」である。

応用が効かないのだ。

既存のことは、「あー、そういえば前に似たようなことやったな…」で、ほぼ似たプログラムのコピペで対処できる。

だが、新規のコードの書き起こしは太刀打ちができない。なぜなら、自分の中に応用できる基礎がないのだから。

結局何もできず打ちひしがれた1週間

最近は先輩らにも、仕事のことも質問しないでけっこうちゃんとやれていた。

入社したての頃にまったく分からなかったことでも、いまは出来るようになった。

だがそれは「幻想」だった。

ハリボテの自信。

ホントの自分は、コピペして、似たプロジェクトから誰かが作ったコードを参考にして仕事をしている底辺プログラマー。

スキルもない新人プログラマーから全然成長してないのだ(もちろん伸びてはいるのだけれども)。

難度の高いコードの作成(先輩らは余裕)に出くわしたら、何も応用できないクソプログラマーのままだったのだ。

それを改めて自覚して、夜、会社の裏でひっそりと泣いてしまった。あまりにも情けない自分が。コードが書けない自分が。説明されても理解できない自分に、圧倒的な屈辱を感じて、悔しくて涙を流した。

もちろん誰もいない。30代のいい歳した男性が泣いてるのだ。こんなにみっともないことはない。

声を押し殺して、出来ない自分が悔しすぎて泣いた。

「自分は何のためにプログラマーになったのだ?」

ふとそんな疑問が沸き起こる。

明確な理由なんてない。

ただ前の会社が嫌すぎたことと、今後の人生のことを考えて、今からでも人生を変えたくてプログラマーへと転身した。

ーー給料が良い。需要がある。今後どんどん不足して、人手が足りなくなる。PC一台で仕事が可能。ーー

巷にはそんな話がごまんと転がっていた。

だけどその言葉はある意味「真実」で、完全な「虚偽」だ。

スキルの高いエンジニアに対して当てはまる言葉なのである。スキルの低いプログラマーは見向きもされない(当然だが)。

対して自分はスキルが低い。伸ばさないと行けない。でも、全然成長してる気配はない。むしろ、悪い意味での「楽」ばかりして、過ごしてきてしまった。

「じゃあどうするか? 何になるか?」

これまでの経験や、人生の出来事があったので、泣いていたのは多分15分くらい。

泣いているだけじゃ、人生何も変わりやしないのは、これまでの経験で知っている。

「何になりたいか? どうしたいか?」

この疑問が頭の中でうずく。

悔しさと屈辱で出した解答は、

「何でも出来るエンジニアになりたい」

だった。

もちろんこれは良くない。手を出しすぎて、まんべんなくやり、伸び悩むことは知っている。一極集中のほうが成果は出るし、需要がある。

だけど自分がそのときに出した答えは「それ」だった。

ーーもっとやる。打ち込む。どこかから必要だとされるプログラマーになる。このままでは悔しすぎる。ーー

怒りと悔しさで出した感情は、そんな感じだった。

ビジョンもない。志もない。胸の中にあるのは、怒りと悔しさだけだった。

冷静になって考えて、今後どうするかで、絞るべきところは絞った。が、それでも手を広げすぎて時間が足りないようは気がする。

が、これで決めたので突き進む。このままじゃ、悔しすぎるのだ。

一応の方針など、何やるかについて

C言語➝学べば、全般的に実力がつきそう。土台を固めたい。

java、kotlin、Android studio➝AndroidアプリはまだJavaが主流だが、問題がありkotlinに移行すると思う。Android studioはツールだけど、使いこなさないといけない。

Objective-C、Swift、Xcode➝Objective-Cに関しては、そこまで一生懸命やらなくていいと思っている。iosアプリはSwiftに移行してるので。だが、まだObjective-Cで作られていたものが多かったりで、そこら辺の知識もやっぱり必要。Xcodeに関しても、勉強は身につけておかないといけない。

Linux➝サーバーやらDBやらの知識は必須。これらも知識は絶対身につけたい。

他にもやるべきこと、身につけることはまだまだ沢山あるし、新規の技術は次々と出てくる。

出来る出来ないじゃなくて、「やる」。

じゃないと、あまりにも悔しすぎて、自分に対して申し訳がたたないのだ。

数年後、この記事を読み返して、

「ああ、この日があったから、いまの自分がいるんだな……」

そう思える未来が訪れるように、今後を過ごしていく。

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