インフラトップ体験記〜〜ラスト〜〜

インフラトップ体験記

体験記もラストに入りました。思い出せる限り、記憶をほじくり返しながら書いてきましたが、そろそろラストになります。

1月、最後の月

新年が明け、正月もなにもなかった自分。

当時はまだ実家に生存していたので、ご両親に挨拶し、神社にお賽銭を投げるわけでもなく、ただひたすらrailsを学習していた。

世の中は新年のおめでたい空気に包まれていたが、自分は暗澹とした空気をまといつつ、自分のMacBookProを見つめていた……。

それはそうと面接が入った

新年が明け、インフラトップから一社の面接許可が出たので、そちらへお邪魔することになった。

神田にあるとある会社さんで、インフラトップ生も何人かいたみたいなので、比較的スムーズにコトは運んだようなので、とりあえずスーツを着てそちらへ行ってきた。

が、そこで知るエンジニアの現実と事実。詳細は伏せるが、マジで過酷なことを色々言われた。

・他人から教えてもらおうと考えないほうがいい。自分で身につけていくという覚悟が必要。
・やる気あればウチは採用する。
・初めはスキルがないから給料はあまり出せないが、やればやるだけ給料を出せる。
・イスの上で仮眠して、起きたらまたすぐ仕事。
・ホテル借りる時もあって、納期直前はそこで泊まってすぐ仕事出来るようにする時もある。
・自分(社長さん)は、この業界入ってからは一度も休日をとったことがない。
・仕事が止まらず、次から次へと仕事が入ってくる。
・いまいる連中は、みんなプログラミングが好きで、仕事を苦痛としていない。
・結婚はしばらく控えた方がいい。
・365日休まず、1日8時間を数年続ければ確かに10年選手に追いつけるかも。

と、ざっと覚えてる限り羅列してみたが、こんな感じの事を言われ(質問した解答もある)、当時ドン引きした。

今だったら「まあそうだよなぁ……」で済むが、その頃はまだ、「え!?エンジニアって働き方フラットで自由に時間きいて、売り手市場だからもっとワガママになれるんじゃないの!?こんな過酷なの!?」となっていた←アホ

取り敢えず自分は、「こ、こんな過酷な環境にはついていけない……」と完全に怖気づいてしまい撤退。

いま思うと、その社長さんも完全未経験で30歳という年齢を考慮して、「本当にコイツ、ウチでやっていけんのか?」と覚悟を問うてきたのだと思う。真意は知らないが。

その後、スクールの方には「仮に受かっても、多分やっていけんとです……」とお伝えした。そして当然の結果だが、面接は落ちた。

「落ちた」と聞いた瞬間に、内心かなり「ホッ」としたのも覚えている……。

ポートフォリオ作成しよう!!

今回の1件で思い知ったのは、オリジナルポートフォリオの存在。いわゆる自分の作品が必要だと知った。

ドットインストールや、progateを通じて、サンプル的なアプリケーションは作っていてそれをポートフォリオとして、スクールのプロフィール欄に載っけていたが、スクールには悪いがこれはもう完全に意味がなかった。

だって企業さん、そんなもの見向きもしてくれないんだもの苦笑。

それも当然で、教科書どおりに書いてあることをそのまま作成すれば出来上がるのだ。そしてそれが動かないのは他に問題があるし、そもそも価値がない。出来て当たり前なのだ。

スクールのどの人に言われたのかもう覚えてないが、スクールのシステムの一部である自作ポートフォリオの部分に関してはハッキリ言って転職活動においては無意味だった。

作成して載っけても意味はない。多分誰も見ていない。

この事実を知れただけでも収穫だったので、自分は卒業製作と同時並行で、オリジナルポートフォリオの作成にも動き出した。

進まない卒業製作。出来上がるオリジナルポートフォリオ

オリジナルポートフォリオに関しては結論から言うと完成した。スクールの受講期間はもう1ヶ月もなく、卒業したら質問ももう出来ない(多分)。

自分の中では既に、「1月いっぱいはオリジナルポートフォリオの作成に全力を注ぎ、それを武器に2月から転職活動を始めよう」と決まっていた。

なので転職活動は一時中断して、卒業製作のほうも自分のポートフォリオの一部として使おうと考えていたので、やる気があまりなかった卒業製作に関しても、徐々に気持ちを傾けていった(それでもやはりオリジナルポートフォリオに関しての方が重要だったが)。

そして時間がない。この事実が自分に真剣さと必死さを加味していった。

・スクールの教室解放はもう全部通う(お金の都合上あまり活用していなかった)。
・講師陣にわからないところは聞く。
・朝8時〜夜24時くらいまでずっと家にいて、休憩を挟みつつポートフォリオの作成。
・とにかくやる。やる。やる…………。

いわゆる「締め切り効果」で、その頃は1日10時間は学習やポートフォリオの作成をしていた。多分、現在はそんなにできない。

あの頃の「鬼気迫る感」はある種特殊で、二度と戻ってこないものと思っている(仮に戻ってきても、軽い脱力期間あったので、あまりやりたくないなぁw)。

そのおかげか、わずか1週間ほどでオリジナルポートフォリオは完成した(ほぼ)。

githubに上がっているが、あまりいい作品とはいえないので割愛するが、当時は完成した瞬間ドーパミンかアドレナリンかしらないが、ドパドパ出てきて、「やったー!!完成したぞー!!」と興奮したのを覚えている。

そしてとある事実に気づく。

「卒業製作、全然完成してねぇ」

と。

どうする?やる?やらない?

「卒業製作、どうしよう……。ぶっちゃけ完成しなくても害はないんだよなぁ……」

そう思うのも無理はなかった。

だってこちらはお金を払っている、いわゆる「お客様」なのだもの。講師の方は「絶対完成させてください!!」と言っていたが、そんなことは関係ない。別に完成させなくても害はない。

卒論製作に関しても詳細は割愛するが、マジでパートナーが悪すぎた。完成させる気もむこうにあるのか意思確認とってないが、そもそも向こうが「作りたい!」と取り組み始めた製作であったのだが、如何せん進捗がひどすぎた。

教室解放も全然こなかったし、たまに来ても数時間。しまいには卒業製作じゃなくて、自分のポートフォリオの製作に入られたので、軽く怒りを覚えた(自分は教室開放時には卒業制作だけ取り組んでいた)。

個人の事情があったと思うので、追求はしなかったが、このままだと多分完成はしない。

徐々につのる焦燥感と苛立ち。講師陣に相談しても、かんばしい解答はなかったので、さらに苛立つ。

もう1つのチームは全員そろい、卒業製作の完成に向けて動いていた。マジでやばい。

発表日は結構な数の野次馬(失礼)が集まるとのことなので、なおさらやばい。

(……これで完成せずに「出来ませんでした!」って言ったら恥かくだけじゃね?)

そう思った瞬間、自分がとった行動は「自分ひとりで完成させる」だった。当時のパートナー製作者とはほぼ決裂した瞬間だった。

期日は明日、明後日。徹夜覚悟の行動。

それもあってか、何とか発表できるくらいの体裁まで整えたが、時間も沢山あっただけに、不完全燃焼で終わってしまったのはスクール側に対しては申し訳なかった。

※基本はチーム開発だったが、当時はどうしようもなかった。話し合いとか相談をもっとすれば良かったと思うが、もう時間は残ってなかった。が、やはり卒業製作はチーム開発主体です。

だが学んだこともある。

・ことチーム製作に関しては、チーム内でのコミュニケーション、連携が大事だということ。互いの意思確認をしっか取らなければならず、進捗具合に大きく差し支える。そして今回の1件も防げたかもしれない。
・人間性に年齢は関係ない。年下でもしっかりしてる人はしっかりしてるし、逆に年齢が上でもクソなやつはクソだということ。長く生きているからといって、人間力があるとは限らない。

大きくこの2点であった。

始まる卒業発表。終わるスクールでの生活

どんよりとした重い空気。だがどこか真剣味を帯びた雰囲気。卒業発表前の教室はそんな空気だった。

睡眠はほぼとっておらず、自分は死に体や屍といった言葉が似合う状態(もう一つのチームも全員そんな感じだった)。

なぜ仕事でもないのに、こんな状態や展開になったのかは知ってるが、コンディションは悪かった。

時間ギリギリまで作品をブラッシュアップし、発表タイムに備える。

そして迫る卒業製作発表会……。

机やイスを移動し、舞台を整える。観客(野次馬)がぞろぞろと入ってきて、予想以上の入り数だった。

今まで世話になった人や、あまり見覚えのない人もいた。コーチングの人も来たし、説明会で自分を導いた人もいた。社長さんも来てたような気がする。

これは卒業制作完成してなければめっちゃ恥かいていたw

同時にもっと作り込んでおけば良かったという後悔と無念。

ーーそして始まる卒業製作発表会(公開処刑)。

部屋が暗くなり、スポットライトを浴びる。

大きな画面に映し出される制作物。

どういうことをコンセプトにして、どういった箇所が苦労したかの説明。

観客からの質問に、流暢に答える自分。

「おおっ!!」と湧き起こる感嘆と歓声。

説明をすればするほど、自分も熱を帯びて話していく。

限られた時間の中でのプレゼン。

要所要所を的確に、正確に伝えていく。

観客からの視線が熱い。

今まで主役は講師だったが、今日の主役は自分なのだ。

それを自覚して、改めて心を引き締める。

時間はもう少ない。

受講生でいられる時間はもうないのだ。

そう思うと熱い思いがこみ上げてきた。

制作物の説明を終わり、シンと静まる室内。

そして聞こえる小さな拍手。それを基点として湧き起こるスタンディングオベーション。

終えた。自分はやり終えたのだ……。

小さくお辞儀し、舞台を降りる。

観客からの強い握手に熱い抱擁。

ありがとう、ありがとうと、涙をにじませ答える自分。

ありがとうインフラトップ。さよなら、インフラトップ。

自分は今日、インフラトップを卒業しますーーーー

注。上記は途中から空想と妄想が入り混じっています。真実は、意外と多い観客からの視線に緊張してしまい、どん詰まりながら、たどたどしく説明しています。体調も悪いのとあいまって、尚更説明はひどいものでありました。

インフラトップ体験記総括

以下に、当時の感想ツイッター引っ張ってきました。

うむ。中々良いことを言っている←自画自賛。

お終い

以上で、インフラトップ体験記は終わりになります。

かなり長くなってしまったのと、記憶を辿りながら書いたので、多少の差異はあるかもしれませんが、だいたい書きたい事は書けたかと思います(時間差によって生まれる美化現象もあるかも)。

この記事読んで多少なりともインフラトップに興味出た方は、是非インフラトップへの体験会へor今後のプログラミングスクールの選定に使って頂ければなと思います。

これまでクソ長い記事にお付き合いして頂きありがとうございました。

これでお終いになりますが、この後は「転職活動編」でも書こうと思っています。

1ヶ月弱くらいの転職活動でしたが、そのときに体験、経験、味わった事をまたそのまま書いて行ければと思います。

再度改めてですが、読んで下さった方、おつきあいして頂いた方、本当にありがとうございました。

これで終わりです。

それではまたー。

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